2014年7月8日火曜日

虚構新聞のリスクと運営の難しさ

虚構新聞というサイトがある。実際のニュースを元に、ウソの記事を面白おかしく書いてるサイト。

昔自分が調べ物をしようと検索したら、虚構新聞の記事にヒット。ただ「ウソが書いてある」と知らなくて、そのまま鵜呑みにしたことがあったのは懐かしい思い出。

そこで虚構新聞が抱えるリスクと運営の難しさを考えていきたいと思う。

読者をダマす体裁だからこそ抱えるリスク

現実にニュースという体裁を整えてるので、検索から訪れた場合、一見すると記事がネタかどうか分かりづらい。

ダマサれたことがある自分を引き合いに出していいかは別にして、「新聞」というネームバリューでまずダマされる人も多い気がする。これが虚構新聞ではなく、虚構スポーツ。東スポならぬ略して「虚スポ」、とかだったら直感的にネタだと伝わりやすい。

また、記事の中身にも『リアルさ』を出す必要がある。「実際にありそうでない」という絶妙なラインを攻めないと、ネタとして面白くならない。またブログタイトルも実はみんな見てるようで見てないので、直感的にジョークとして分かってもらえるかどうかが微妙。

それはネタにされる側の目には、「根も葉もないデマ」にしか映らない。

実際、虚構新聞が日本ユニセフ協会関係のネタ記事を書いたことで、同協会から抗議を受けて記事を削除する羽目になった。常にこういうリスクが横たわっている一例。

例えば最近だと、小保方某氏や佐村河内某氏。めちゃめちゃネタにしやすいと素人目にも思いますが、「個人」相手では更にナイーブなものを孕んでる。だから書けそうで、実は書けないネタも多そう。

だからと言って、安全パイに行き過ぎると面白くない。みんな興味があるのは、やっぱり醜聞だから。ここらへんのジレンマに陥って、アクセス稼ぎに走ってしまうと、ただただ訴訟リスクだけが高まっていく。

速報性という大変さ

あとは「ニュース」をテーマにしてる以上、タイムリーな情報をネタにしなければいけない。そのネタ探しするだけで大変ですが、それを笑いに昇華するには創作性が要る作業。

また、タイミングも大事。結局元ネタがニュースである以上、ちょっとでも記事の完成が遅れると、記事の鮮度がすぐ傷む。世間の関心が集まってる内に記事をアップロードしなければ、いくら良い記事を書いても読まれなくなる。

また逆に考えると、古い記事はニュースと同じように後から読まれることが少ない。せっかく時間を考えて書いたのに、その記事の寿命が短いのは書き手として喜ばしくない。


民明書房風のネタならアリ?

ただ民明書房風のノリだったら、これらの諸問題はクリアできそう。

ちなみに民明書房とは、魁男塾に登場した設定。HUNTERxHUNTERなどの作品にも登場する、架空の出版社。あることないことの情報を、さもリアルっぽく説明してる。これだったら速報性を気にしなくてもいいし、具体的な個人・団体名を使わなくても済む。

だから個人的にもアリだと思う。